醍醐寺

醍醐寺は真言宗醍醐派の総本山で、貞観16年(874)に理源大師聖宝によって開かれたお寺で、上醍醐下醍醐に分かれています。また醍醐寺は古都京都の文化財の一部として世界遺産に登録されています。

上醍醐は西国観音霊場11番のお札所で33ケ所の霊場の中でも難所として知られています。
下醍醐から山道を徒歩であがること約1時間で上醍醐に着きます。

(上醍醐寺の裏参道について ⇒ こちら

上醍醐は醍醐寺開創の地であり、西国三十三観音霊場第十一番札所の准胝堂(じゅんていどう)を中心に五大堂(不動堂)、薬師堂(国宝)、開山堂(重文)、如意輪堂(重文)、清瀧宮(せいりゅうぐう)拝殿(国宝)などが点在しています。

上醍醐の中心である准胝堂は、貞観18年の創建と伝えられています。2008年8月24日未明の落雷による火災により焼失しましたが、建物は昭和 43年に再建されたものでした。現在、復興中です。

一方、下醍醐は、壮大な伽藍が建ち並んでいます。豊臣秀頼が再建した仁王門(西大門) や、豊臣秀吉の命によって、紀州(和歌山県)の湯浅から移築された国宝の金堂や同じく国宝の五重塔など、その他清龍宮本殿(重文)や、祖師堂、不動堂、大講堂、女人堂、弁天堂など多くの堂宇が点在しています。

桜の名所として知られる醍醐寺ですが、その中心は三宝院です。三宝院は総門を入ってすぐ左側にあります。三宝院は永久3年(1115)に建てられた、醍醐寺の本坊的な存在であり、歴代座主が居住する坊です。

国の特別史跡・特別名勝となっている三宝院庭園は、慶長3年(1598)、豊臣秀吉が「醍醐の花見」に際して自ら基本設計をしたというお庭です。

この三宝院には「土牛の桜」という樹齢約150年のシダレザクラがあります。秀吉が花見の宴をした桜の子孫と言われており、日本画家の奥村土牛(とぎゅう)が作品「醍醐」に描いたことから「土牛の桜」と呼ばれています。大変見ごたえのある素晴らしいシダレザクラです。しかしシダレザクラはエドヒガンザクラの仲間で、サクラの中では長寿な種であり、各地に樹齢100年以上の大木が存在していますが、樹齢が高くなると挿し木や接ぎ木という従来の方法では増殖が難しくなります。そこでこの桜の子孫を残すために、住友林業が茨城県つくば市にある研究所で、この桜のクローンを作って醍醐寺(京都市)に移植しました。

このクローン桜は、テレビでもよく紹介され、また過去にはCMにも登場しました。(どこのCMか覚えてないですが、やっぱり住友林業だったんでしょうかね?)

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