京都市伏見区界隈

今回は途中下車の旅、京都市伏見区です。
京都市伏見区は、住宅地として発展し、京都にある11区の中で、最大の人口を持つ区になっています。

その中の見どころとしていくつかを紹介したいと思います。

伏見稲荷大社

伏見稲荷大社は全国に約3万以上あるといわれる稲荷神社の総本宮で、毎年初詣参拝者数のランキングの上位常連になっているお社でもあります。
1 位.明治神宮
2位.成田山新勝寺
3位.川崎大師
4位.伏見稲荷大社
と、ここまでは数年間、変動がありません。

お社の所在地は、東山三十六峰の南端にある稲荷山の麓です。
この伏見稲荷大社は和銅4年(711)に開かれ、平成21年で鎮座1300年を迎えるということです。
奈良に平城京が生まれた頃、京都では渡来系の豪族、秦一族が繁栄していました。秦氏は総氏寺として、太秦に広隆寺を開き、稲の神様を伏見稲荷に、お酒の神様を松尾大社に、機織の神様を蚕の社に祀ったとされています。

東映映画村でも有名な太秦という地名は、この秦一族が繁栄していたところで、秦一族が太く肥えていたところから付けられた地名だといわれます。

秦伊呂巨(具)(はたのいろぐ)が、餅をこねて矢を射る的を作り、矢を放ちました。ところがその的が、白い鳥に姿を変え、飛び去ったのです。その白鳥が舞い降りた場所が稲荷山で、秦伊呂巨(具)は、ここにお社を建てたのです。これが伏見稲荷の始まりと言われます。
(ただし、食べるものを粗末にしたせいで、この後没落したとか、罰が当たったという話もあります。)

宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)を主祭神とし、佐田彦大神、大宮能売大神、田中大神、四大神(しのおおかみ)の五柱が祀られています。農業の神として、五穀豊穰・商売繁盛・交通安全といったご利益があります。

有名な千本鳥居は、どこまでも続くように参道に赤い鳥居が並んでいます。実際には約1万本あるということですが、正確な数はわかりません。

千本鳥居の途中、四ツ辻には、仁志むら亭というお店がありますが、俳優の西村和彦さんのご実家です。

また参道には、稲の敵であるスズメの焼き鳥が売られているのが有名でした。現在はかなりお店が減っているそうです。(1軒?)
過去スズメは中国から輸入していたそうですが、中国が輸出禁止にしたため、国産のものなど、手に入りづらくなってしまったためだそうです。スズメの丸焼きは、姿がちょっと怖いですし、正直美味しくありません。それが高価となると、お店をたたんでしまうのも仕方がないことなのかもしれませんが、少し寂しいです。

伏見稲荷の名物といえば、「いなりずし」や「きつねうどん」がありますが、他にも「わらびもち」が美味しいですよ。京都では「わらびもち」の美味しいお店はたくさんありますが、ここ伏見稲荷も有名どころです。食後にどうぞ、食べてみてくださいね。

伏見桃山城

伏見桃山城は昭和39年に、近鉄電車が奈良電鉄を合併した記念に建築した、模擬天守閣を持つレジャーランドでした。正式には伏見桃山城キャッスルランドといいましたが、2003年をもって閉園となりました。天守閣も解体される予定でしたが、地元の要望により、残されることになったのですが、耐震構造ではないため、中に入ることはできません。
長く、高速道路の目玉スポットとして紹介してきたため、名残惜しく、ここに紹介しました。

もしかしたら、お城なのになんで閉鎖?と思う人がいるかもしれませんが、ここは史跡でもなんでもないのです。

このお城は伏見城ではありません。よく誤解されていたようですが、このお城はレジャーランドの目玉として、近鉄グループによって作られた建築物です。場所も、豊臣秀吉がつくった伏見城とは関係ない場所です。ですので、親会社の近鉄が「もうやめる」と言ったために閉鎖になったのです。

伏見城(かつてあったお城)

伏見城について紹介しておきます。
伏見城は、天下統一した豊臣秀吉が、その晩年、関白の位を養子秀次にゆずり、自らの隠居城として、文禄3年に築城したお城でした。金色燦然たる御殿は、数寄屋造りの茶室をはじめ、器具や調度品の数々に至るまで、桃山文化の粋を結晶し、権力を象徴したものでした。

慶長3年(1598)8月18日、秀吉はこのお城で63歳の生涯を終えました。
露と落ち 露と消えにし わが身かな なにわのことも 夢のまた夢

慶長5年(1600)、関が原の合戦の際に焼け、のち徳川家康が復興し、本拠としましたが、二条城が京都に完成したため、廃城となりました。

この伏見城があったとされる場所は、現在伏見桃山陵となっています。つまり明治天皇のお墓になっているため、宮内庁の管理下にあり、誰も入ることはできません。もちろん調査もできないのです。本当に夢のまた夢というか、幻のお城なんですね・・・。

伏見のお酒

伏見は酒処として、灘に次いで全国2位の生産量を誇ります。
桃山丘陵から湧き出る地下水脈が豊富な伏見では、「伏水」と呼ばれた、その水を使って、約400年前から酒造りが行われてきました。

誰もがよく知っている銘柄といえば、月桂冠、黄桜、松竹梅などがあります。(松竹梅というより宝酒造の方が知られているかもしれません)

月桂冠大蔵記念館

伏見のお酒の見学といえば、定番となっているのが月桂冠です。月桂冠大蔵記念館の近くには寺田屋事件でお馴染みの寺田屋があり、その見学もかねて月桂冠に立ち寄ることが、観光バスは多いです。(寺田屋にバスを停める場所がないため)

伏見のお酒の歴史と酒造りの行程を学ぶことの出来る月桂冠の見学コースは入場料300円で、お土産付きとなっています。もちろん、車の運転をしない人には日本酒の試飲もできます。

寺田屋

寺田屋事件でお馴染みの寺田屋は今も健在です。とはいっても、寺田屋事件当時の建物ではないと京都市から発表されたのが、去年の2008年ですが。
ちなみに池田屋と寺田屋、よく間違えませんか?
私はよくどっちだっけ?と悩まされます。(汗)

寺田屋とは、もともと京都、大阪を結ぶ淀川の三十石船の船宿でした。幕末期に討幕派の定宿になっていたため、騒動の舞台となりました。
文久2年の寺田屋騒動や慶応2年の坂本龍馬襲撃事件です。
坂本龍馬はこの時、後に妻となるお龍の機転で、難を逃れました。
ちなみに坂本龍馬が暗殺されたのは、京都河原町四条上るにあった近江屋です。

寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失し、現在の建物は、その後再建されたものだということです。でも、今も寺田屋は、それを認めていないうえに、事件の際の刀傷や龍馬が襲われた時に、お龍が入っていたお風呂や龍馬に知らせるために裸で駆け上がった階段といったものを紹介しているようです。

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