バスガイド日記 5月18日 しまなみ海道と大山祇神社

5月18日に何年かぶりにしまなみ海道(西瀬戸自動車道)を走ってきました。
淡路島や徳島へ行くことは時々ありましたが、愛媛や高知はかなり久しぶりです。しまなみ海道経由で行くのはもっと久しぶりで、開通当時は1週間に一度以上行っていたけれど、忘れてしまっているのではないかと心配でした。

初日は大阪を出発して2度の休憩で一気に大三島へ。お昼ご飯が大三島の大山祇神社の横にあるせとうち茶屋さんです。そこまで行っちゃう~って遠い~!!

お天気が午後から雨の予報だったので心配でしたが、なんとか道後に着くまで雨はもってくれました。しまなみ海道の途中の画像はありません(汗)。走り抜けなので、ガイドの私が写真撮っているわけにはいかないからです。
とは言ってもさすがに寂しいので、広島県の公式サイトからお借りしました。

尾道大橋と新尾道大橋 (写真提供:広島県)

川のように見えるのが尾道水道で、画像の上部に見える町が尾道の中心部です。

因島大橋と除虫菊 (写真提供:広島県)

生口橋 (写真提供:広島県)

尾道からしまなみ海道に入り、新尾道大橋を渡って向島に。向島から因島大橋を渡り、因島へ。さらに生口橋を渡って、生口島へと進みます。 生口島から多々羅大橋を渡ると広島県から愛媛県に入ります。

多々羅大橋 (写真提供:広島県)

多々羅大橋を渡って愛媛県で最初に踏み入れるのが大三島です。しまなみ海道が通る芸予諸島の中で最大の島であり、大山祇神社のある島として知られます。

この日のコースは大山祇神社参拝とすぐ近くにあるしまなみ茶屋さんでの昼食ということで、まずは大山祇神社へと向かいます。

建設中の総門

大山祇神社は伊予一宮で、大山積神(オオヤマツミノカミ)をご祭神とし、全国の山祇神社、三島神社の総本社です。山の神、海の神、戦いの神として歴代の朝廷や武将から尊崇を集め、源氏、平家をはじめ多くの武将が武運を祈って武具を奉納したため、国宝、重要文化財の指定をうけた日本の武具甲冑の約8割がこの神社に集まっています。

上の画像は現在建設中の新総門で、外観はもう出来上がっています。688年ぶりの再建だそうです。

総門は、古図を参考に建築様式を決定。高さ約12メートル、幅約10メートル、奥行き約5メートル。総ヒノキ造りの2層構えで、各層の屋根は銅板ぶきになっている。総事業費は3億2千万円。(愛媛新聞より)

両脇にスペースが空いており、お寺なら仁王様が入ることになるのでしょうが、ここには社を守る神像が入ります。 ちなみに2010年7月24日に、落成記念「第12回しまなみ海道薪能」が開催されます。

1999年のしまなみ海道開通を記念して開催されている「しまなみ海道薪能」は、大山祇神社(大三島)の樹齢2600年と伝えられる大楠前に造られた特設能舞台で上演されます。 特筆すべきは、毎年夏のこの日に能楽界の最高峰人間国宝をはじめ現在能楽界を代表する演者がしまなみ海道に一同に介し日本最古の古典芸能である能の幽玄の世界を繰り広げることです。また、舞台装置、証明、音響まで全て京都などから能楽に精通した専門家による演出が凝らされます。火入れが終わり、焚き火に浮かび上がる大楠の美しさも一見の価値です。

またこの神社の例祭に一人相撲というのがあります。

神田

毎年春の御田植祭(旧暦5月5日)と秋の抜穂祭(旧暦9月9日)で行われる相撲神事です。「稲の精霊」と「一力山」(人間)による三本勝負で行われ、稲の精霊が2勝1敗で必ず勝ち、豊作になるという神事です。

稲の神様役はいませんので、人間力士がパントマイム様式で相撲を取ります。これが中々面白くローカルニュースでも取り上げられます。しかしこの神事、昭和58年から一時途切れていたのですが、地元の中学生により平成2年に復活し、平成11年からは今治市職員の菅貞之が一力山役を務めていらっしゃるそうです。

またこの大山祇神社は、クスノキ群でも有名で、国の天然記念物に指定されている小千命(オチノミコト)手植えと伝えられる、樹齢2600年、根周り20m、高さ16mのクスノキがあります。

ご神木のクスノキ

この後、しまなみ海道後半を進み、道後温泉に向かいました。

道後温泉は乗務員の宿泊が同宿ではなく、松山市内中心部のビジネスホテルに行くことがほどんどなので、ホテルに関する紹介はありません(汗)。

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