神戸市兵庫区周辺

大和田の泊と福原

神戸の中心、三宮や元町は中央区になりますが、神戸駅を過ぎると今度は兵庫区に入ります。

兵庫は大化の改新の折り、兵器の庫を置いたところから兵庫と呼ばれるようになったと言います。

阪神高速と左奥にある和田岬との間には兵庫運河があります。元々明治の初めに兵庫の港から海難を避けて船が西に抜けられるようにと建設されたものです。兵庫運河は、兵庫・新川・苅藻という3つの運河の総称です。

1993年には、市民に親しまれる運河沿いの散策道として「新川運河キャナルプロムナード」が神戸市により整備されました。延長約350m、水上広場やベンチなどがあり,市民の憩いの場となっています。
運河のある町といえば北海道の小樽が有名ですが、日本最大の運河は実はこの兵庫運河なのです。

兵庫の港といえば、大輪田の泊(おおわだのとまり)と呼ばれ、奈良時代には六甲山と和田岬に守られた天然の良港として知られていました。平安末期には平清盛がこれに目をつけ、港を改修して日宋貿易の拠点としました。

平清盛は京都以上にこの地を気に入っていたようで、神戸の福原に都を遷しました。この福原は現在のソープ街で有名な兵庫区福原とは別の場所で、もう少し中央区よりの北部にあったようですが、場所は定かではありません。しかし、この遷都には反対者が多かったため、半年後には都は京都に戻されてしまいました。

現在の兵庫区には清盛にまつわる伝説や史跡が数多く残っています。

川崎重工兵庫工場

左手たくさんの工場が立ち並ぶ中に川崎重工車両カンパニー兵庫工場の看板が見えます。(川崎重工の文字だけしか見えません)

新幹線車両をはじめ、JRや私鉄の鉄道車両が作られており、最近では海外に輸出される車両も製造されています。(ニューヨーク地下鉄など)
1905年(明治38)より現在までに約9万両の車両を生産しており我国トップの鉄道車両生産工場です。

※ニューヨークの地下鉄について ⇒ 現在川重はアメリカにも工場持っていますので現地生産ですが、初めはこの工場で部品を作って輸出し、現地で組み立てたそうです。

和田岬と和田岬砲台

川重の工場辺りから海上へ2キロほど突き出した三角形の半島があり、先端を和田岬といいます。現在は三菱重工神戸造船所となっている和田岬は、昔から港の出入りを監視する重要地点として厳重な見張所が置かれたところです。江戸末期の元治元年(1864年)には黒船を恐れた徳川幕府により和田岬・川崎(湊川)・西宮・今津の各所に砲台が建設されました。設計は勝海舟です。

湊川・今津の砲台は取り壊され、西宮の砲台も内部が焼失して石郭のみとなり、現在和田岬砲台のみが当時のままの面影を残しています。

見学について
三菱重工の造船所の敷地内部のため事前予約が必要。(土・日・祭日不可)

問合わせ 神戸造船所総務課広報チーム

電話:078-672-2221. 2222

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コメント

  1. kabocha より:

    戦争遺跡ですかぁ・・・。
    私は行ったことないですが、松代の地下壕とか行かれていそうですねぇ。
    私の行ったことないので、行きたいところのNo.1が江田島です。なんでかってこともないんですが、なぜか。
    江田島は戦争遺跡じゃないかもですけど。

  2. 三四郎 より:

    砲台跡は気になります

    戦争遺跡は結構好きなので全国にいろいろある地下に作られた兵器工場跡とかも見てみたいです

    私の会社も戦時中は軍需工場だったのでそれみたいな感じですが

    島がまるごと戦争遺跡みたいなとこもありますので行ってみたいですね

    都が一時、神戸になっていたとは知りませんでした

    歴史が変わっていたら、今の平城遷都1300年祭みたいのが神戸であったかもですね