揖斐川

大垣インターを過ぎると、まもなく揖斐川を渡ります。

揖斐川は岐阜県、三重県を流れる木曽川水系の一級河川で、木曽川、長良川と共に木曽三川と呼ばれます。岐阜県揖斐川町の冠山に源を発し、全長約121キロ、三重県桑名市の河口付近で長良川と合流し、そのまま伊勢湾に注ぎます。

輪中

揖斐川を渡ったところ、右手に輪中が見えます。

上の画像の真ん中辺りに細く横に伸び、並木のように見えるのが輪中です。
この向こうは安八郡輪之内町で、輪之内とは輪中の内を意味します。
輪中とは水害の多かった木曽三川周辺に見られる堤防で、集落全体を囲むように巡らされています。

輪中が作られ始めたのは鎌倉時代末期からで、以後次々と木曽三川周辺の各地に作られていきました。
しかし明治に入って大規模な治水工事がなされると、水害は激減し、輪中の必要性が低くなります。同時に道路交通に傷害をきたすために取り壊されたり、食糧難時代に田畑にされたところもあって、今ではほとんど残っていません。

この輪之内町の輪中は昭和51年9月12日に起きた水害の際、輪中の水門を閉めることによって、内側は水害を逃れることができました。これを記念して、祖先の遺産を残そうと、地元の老人会の方が桜とモミジを植樹したそうです。
現在では立派な桜並木となり、春には見事な花を咲かせます。(モミジはあまり目立たないようでよくわかりません)

【参考】徳山ダム

揖斐川の上流に徳山ダムがあります。
徳山ダムは2008年(平成20)に完成したロックフィル式の多目的ダムです。

揖斐川下流地域は慢性的な水害地であったため、早くからダムの必要性が説かれ、横山ダムの建設が行われることになりましたが、その建設中の昭和34年に伊勢湾台風が襲い、揖斐川流域でも大きな被害が出ました。これによって更に上流にも洪水調整用のダム建設が計画されたのです。

1971年(昭和46)着工、多くの反対運動もあるなか、揖斐川の治水と東海三県の水瓶という役目を果たすため、51年の歳月をかけて、2008年10月13日に完成しました。このダム建設にともなって徳山村全村が水没し、約1500人の住民が移転しました。

ダムの概要

  • 独立行政法人水資源機構が管理するロックフィル式ダム
  • 堤高さ:161m (黒部ダム186m、高瀬ダム176mに次いで日本第3位)
  • 堤延長:427.1m
  • 堤体積:1370万m³ (丹生ダム(建設中)に次ぎ2位)
  • 流域面積:254.5 km²
  • 湛水面積:1,300.0 ha (雨竜第一ダム、夕張シューパロダムに次いで3位)
  • 総貯水容量:6億6千万m³ (日本一、浜名湖の約2倍)
  • 建設費:3500億円 (日本一)

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