伊吹山

伊吹山は関西の名山といわれ、滋賀県と岐阜県の県境にある1377mの山です。

「かくとだに えやは伊吹のさしも草 さしも知らじな 燃ゆる思いを」という百人一首の歌が思い出されます。さしも草というのは灸に用いるよもぎのことで、登山道の両側にたくさん見かけます。信長がポルトガルの宣教師に外国産の薬草を3000種も植えさせたというので、様々な薬草があります。植物学の権威、牧野富太郎博士も興味を持たれ、何度も来山して採集されました。

麓には佐々木京極氏の菩提寺で、氏長以下18代の墓石が見事に並ぶ徳源院があります。南北朝の動乱期に活躍した佐々木道誉の墓や関ヶ原の合戦の時に木津城主だった高次の墓石もあり、あたかも宝篋印塔の博物館の観があります。

伊吹山の自然

伊吹山は滋賀県と岐阜県の県境に南北に連なっている高さ1,000~1,300m余りの山なみである伊吹山地の主峰です。伊吹山山頂は山地の南端に位置し、1,377.4m あって滋賀県の最高峰です。(米原市)

雪の多い山として知られ、北西の滋賀県から福井県若狭地方にかけて高い山が無いため、日本海からの積雲がまともにぶつかり、周辺は大雪に見舞われることが度々ありました。積雪の深さの記録は昭和2年2月14日の記録で、11.82mです。これは世界山岳気象観測史上1位とされる積雪の世界記録になっています。

伊吹山

伊吹山は高山植物の宝庫でもあり、自生する植物は現在約1300種といわれます。中にはイブキレイジンソウ、イブキアザミ、コイブキアザミ、イブキジャコウソウ、イブキトリカブトといった「イブキ」の名を冠する植物が約30種あります。

これらのお花畑に見せられて毎年多くの人が伊吹山を訪れます。この山にはドライブウェイが整備されており、簡単に登れる山として人気があります。

伊吹山ドライブウェイ

伊吹山ドライブウェイは、名神関ヶ原インターチェンジより2キロメートルの国道365号線沿いを起点とし、霊峰伊吹 山に至る全線17キロメートルの本格的ドライブウェイです。 昭和36年4月工事に着手し、4ケ年の歳月を経て昭和40年6月に完成しました。 (全線開通 昭和40年7月) 総工費約14億円。

往復通行料金(駐車料金込み)は乗用車3000円。少々高く感じられるかも知れませんが、夏には大人気のコースです。特に夏休みの土日は大変な渋滞を起こすことで有名です。昼頃にドライブウェイの料金所を通過して、夕方になったもまだ山頂(8合目)駐車場に入れなかったという話などをよく聞きます。(特に夏休み期間中のお盆前の日曜日)

伊吹山ドライブウェイ (画像提供:滋賀県)

山頂のお花畑

伊吹山にはドライブウェイを使わずに麓から登山する人も多いですが、ここはドライブウェイを使って山頂駐車場(標高1260m、8合目付近)からの散策を紹介します。

まず3つのルートがありますが、ほとんどの人が西遊歩道を利用します。このルートは約1キロのコースで所要時間40分のコースです。若くて元気な人が脇目もふらずに歩けば20分ほどで頂上に着いてしまいますが、花の観察をしながら歩くという想定で約40分です。山ですので当然登り坂ではありますが、かなり緩やかな坂道です。(高齢者の方にはそこそこの上り坂に見えるかも知れませんが、登山のイメージのようなきつさではありません。ちょっとしたハイキングコースよりも緩やかなくらいです)

他に中央遊歩道と東遊歩道がありますが、途中段差のきつい木の階段が何カ所かあります。上り20分、下り15分くらいです。

東遊歩道は距離が長めで、あまり整備されていません。このため下り専用コースとなっており、このルートから登ることはできません。

大抵の人は上りに西遊歩道を使い、下りに中央遊歩道を使うようですが、年配の方は階段がけっこう大変なので、下りも西遊歩道を使うことをお薦めします。伊吹山を満喫したい方は西遊歩道から上り、東遊歩道で下るのも良いかと思いますが、時間も少々余分に見ておいたほうがいいかもしれません。西遊歩道と違い舗装されていないところがありますので、足下には十分気をつけてください。

伊吹山とヤマトタケルノミコト

今から2000年程前、ヤマトタケルノミコトは、東征からの帰り、信濃、美濃を通って尾張でミヤズヒメに会い、草薙剣を姫に預けたまま伊吹山の荒神を退治に向かいます。山のほとりで白い牛の様な大きな猪に出会った命は「この白い猪に化けたものはきっと山の荒神の使いものだろう。今殺さなくても帰るときに殺してやろう」とおっしゃいました。ところが、この猪は使いの者ではなく、山の荒神自信であったため、命の言葉を聞いて、大氷雨(雨と霧)を降らせました。さすがのミコトもフラフラで下山し、ふもとの玉倉部に湧き出でる清水のもとで休まれたところ、少し熱が引き、正気を取り戻された。この清水をいざめ(居醒)の清水といいます。

※こののちミコトはヤマトに向かい、鈴鹿峠を越えて現在の三重県亀山市に至りますが、残念ながらそこで亡くなりました。(能褒野陵)

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