平成いろは丸

広島県福山市の鞆の浦で平成いろは丸が新市営渡船として就航したというニュースです。

『幕末に坂本龍馬率いる海援隊が乗り込んだ蒸気船「いろは丸」をモデルに、広島県福山市が建造した「平成いろは丸」(19トン)が9日午前、同市の景勝地、鞆(とも)の浦と沖合約600メートルの仙酔島(せんすいじま)を結ぶ市営渡船として就航した。龍馬ファンらが詰めかけ、甲板で潮風を感じながら「志士」気分に浸った。
いろは丸は1867(慶応3)年、鞆の浦沖合の瀬戸内海で紀州藩の軍艦と衝突して沈没。龍馬が鞆の浦の町家などで藩と談判し、多額の賠償金を得たことでも知られる。 』(2010年1月9日 asahi.comより)

いろは丸は、伊予大洲藩が所有していた全長約54メートル、約160トンの英国製蒸気船でした。竜馬ら海援隊メンバーが諸藩に売る武器などを満載し、長崎から大坂に向けて備後灘を航行中の慶応3年4月、紀州藩の蒸気船「明光丸」と衝突し、近くの鞆港(現在の広島県福山市)に曳航しようとしましたが、浸水のため宇治島沖で沈没してしまいました。昭和63年、市民団体が潜水調査で船体を発見し、水中遺跡となっているそうです。
平成いろは丸は全長約20メートル、19トンと小型ですが、当時の姿を再現しようとマストは3本立て、船内も木目調なんだそうです。事業費は8千万円で、地元の本瓦造船で建造されました。
1日40往復、片道5分。料金は往復で大人240円(小学生120円)。定員99人。
鞆の浦は瀬戸内海国立公園の代表的な景勝地のひとつです。
古代より潮待ちの港として知られ、鞆の浦の港町である鞆には古い町並みがよく残っており、都市景観100選、美しい日本の歴史的風土100選にも選ばれています。江戸時代の港湾施設である常夜燈、雁木、波止場、焚場、船番所が全て揃って残っています。
鞆の浦には仙酔島、つつじ島、皇后島、弁天島、玉津島、津軽島などが含まれ、特に仙酔島は「仙人も酔ってしまうほど美しい島」という意味で、その美しさで知られていました。
今では観光用になってしまいましたが、春(5月)の鯛網は大変有名です。
鞆の浦に興味を持った方は鞆の浦・仙酔島のサイトへどうぞ。

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コメント

  1. 旅かぼちゃ より:

    kazuさんのブログ時々お邪魔してますよ~。
    グリーンピア三木の記事見て懐かしく思いました。ガイド1年生の頃よく仕事で行ってました。kazuさんと同じく、もうずいぶん昔ですが・・・。
    時間が経って古ぼけてしまうのは仕方ないですが、少々切ないですね。
    でもたくさんの人がまだ訪問しているというので安心しました。レポートありがとうございました。(お礼を言う筋合いではないですが(^^;)

  2. kazu より:

    かぼちゃさん……実は「歴女」ですね?(-∀-)?
    なんか最近入り浸っててすいません。他の閲覧者の方には鬱陶しいかもしません・・・・(-ω-;)
    ちょっと考えるとこありまして自ブログのトップ頁をnot founfに細工してます。が、ブログ自体は書いてますので、もし宜しければ湯原のレポも此方からリンクのURLで見てやって下さいね(^^;
    ※宣伝じゃないっす(汗