湖東三山

湖東三山とは滋賀県湖東地方にある西明寺、金剛輪寺、百済寺の3つのお寺を指します。一般的に三山と言えば、出羽三山や上毛三山、鳳凰三山、立山三山、大和三山等々、山そのものを3つ指すことがほとんどです。しかし湖東三山は遠州三山、熊野三山(現在は神社)と同じように寺院3ヶ所の総称となっています。

湖東三山はいずれも歴史ある寺院ですが、天台宗であるということと信長の焼き討ちにあっているという共通点以外は大きな関わりがあるわけではありません。ただ秋の紅葉の美しさでは近隣県に知られた名所であり、シーズンになると「秋の紅葉湖東三山巡り」などと題したツアーが連日詰めかけるところです。それでは各寺院について紹介します。

百済寺

山号  釈迦山(しゃかさん)
宗派  天台宗
本尊  十一面観音
創建年  推古天皇14年(606年)
開基  聖徳太子

名神高速道路上り線を走っていると八日市ICを過ぎ、愛知川を渡ってから間もなくで前方の山に百済寺のお寺の屋根が中腹に見えます。(正面少し右手、山の中腹下から3分の1くらいのところ)

百済寺(ひゃくさいじ)は聖徳太子の建てられたお寺で、開かれた当初、百済から帰化した僧侶をここに集めましたので百済寺の名があるといわれ、当初は「くだらじ」と呼ばれていました。(ただし百済寺の公式ホームページでは創建当初からひゃくさいじと呼ばれていたのではないかという記述があります)近江最古の由緒ある寺院で、観勒(かんろく)や恵聡(えそう)などもここに住み、観勒は我が国に暦をもたらした僧と伝えられます。当時は七堂伽藍を誇り、300坊ありまして、「源平盛衰記」によりますと、木曾義仲に兵糧500俵を贈ったこともあるほどの勢力を持っていました。

しかし明応7年(1496)と文亀2年(1503)に火災に遭い、天正元年信長の焼き討ちにあって全焼し、今の建物は明正天皇(後水尾天皇と徳川和子の子)の勅命で天海僧正高弟・亮算(りょうさん)の努力により井伊家が再建したものです。

百済寺庭園 (滋賀県提供画像)

金剛輪寺

山号  松峯山
宗旨  天台宗
本尊  聖観世音菩薩
創建年  天平13 年(741年)
開基  行基、聖武天皇

金剛輪寺(こんごうりんじ)は聖武天皇の勅願で天平9年(737)に行基によって開かれたと伝わります。後延暦寺の慈覚大師(円仁)が入られ、天台宗の道場となりました。
本堂は鎌倉時代の代表的な和様建築で信長の兵火を免れ、国宝に指定されています。その他三重塔や本坊・明寿院の庭園は素晴らしいものです。
本尊は行基が彫ったといわれる「聖観世音菩薩」で、通称「生身の観音」と呼ばれます。彫っている途中で腰のあたりから血が出てきたため、粗彫りのまま安置したという秘仏です。
金剛輪寺の秋の紅葉は「血染めのもみじ」と呼ばれます。

金剛輪寺黒門 (滋賀県提供画像)

金剛輪寺参道 (滋賀県提供画像)

名神高速道路秦荘PAの近くになりますが、高速道路からは見えません。

豆の木太鼓の伝説

このお寺には豆の木太鼓の伝説があります。その昔金剛輪寺の和尚が村人にそら豆の栽培を教えようと種用に1升ほどしまっておきました。それを留守中に小僧が見つけて全部食べてしまいました。
ひどく立腹した和尚は小僧達をしかりつけて探したところ、幸いにもたった一粒だけ押し入れに残っていました。
そこでその一粒を蒔いて、観音様に祈願をこめながら栽培しましたところ、見事に成長して大きな幹となり、そら豆が一斗ほどできました。そこで和尚は観音様の霊験に感涙し、長く後世に仏の功徳を伝えるため、豆木で太鼓を作りました。その太鼓が現在もこのお寺に伝えられています。
(近年の調査で、実は中世以降に酒を入れるため使われた「太鼓樽」だったことがわかったそうです。)

西明寺

山号  龍応山
宗派  天台宗
本尊  薬師如来
創建年  承和元年(834年)
開基  三修上人

名神高速道路(上り線)では甲良町に入ると(看板あり)間もなくで小さなトンネルのようなものを2つ連続でくぐりますが、その2つめのトンネルが西明寺の参道となっています。高速道路のすぐ脇に山門があり、右手山に向かって進むと本堂があります。

西明寺(さいみょうじ)は仁明天皇の勅願で三修上人が承和元年(834)に建てられたお寺です。この地の池から西の方に光が輝きだしたというので西明寺といいます。

平安から鎌倉にかけて最も栄え、当時寺領2000石で300坊あったといわれますが、信長の兵火で本堂、三重塔、二天門以外は全て焼失してしまいました。石段の両側にはモミジの枝がグッと伸び、紅葉や若葉の頃が素晴らしいです。

山門をくぐると名神高速道路の上を渡り、すぐ左手に不断桜があります。春、秋、冬に開花する彼岸桜系の冬桜で十月桜とも呼ばれます。樹齢約250年で、9月上旬から翌年の5月頃まで咲き、11月頃が満開となります。春に咲く桜ほどの華麗さはありませんが、どことなく寂しげで秋の風情が感じられます。

本坊の庭(蓬莱庭)は比較的新しいものですが、巧みな庭石の配置と消火の役も兼ねた池泉や弥陀六と称する変わった石灯籠があって、なかなかの見どころとなっています。

昭和30年12月、全国で初めて国宝建築物40棟が設置されたとき、西明寺の本堂と三重塔は京都の三十三間堂や奈良の法隆寺金堂などとともに国宝第一号の指定を受けました。西明寺の本堂は鎌倉時代の建築で「ここのお堂を知らずして他のお堂を語るなかれ」と言われるものだそうですが、素人目にはわかりづらいです。

西明寺本堂 (滋賀県提供画像)

西明寺名勝庭園 (滋賀県提供画像)

西明寺名勝庭園 (滋賀県提供画像)

その他・みどころ・まわり方等

  • 三山はいずれも素晴らしい本堂を持っていますが、これは比叡山の根本中堂や日光東照宮を再建、修理した甲良大工の仕事です。
  • 三山の本尊はいずれも秘仏となっており、普段はお目にかかることができません。住職一代に一回限りのご開帳となっているため、生で拝むことができるのはおよそ半世紀に一度。一生に一度拝観できるか出来ないかのチャンスしかありません。(2006年に天台宗開宗1200年記念で三山一斉にご開帳されました)
  • 信長の焼き討ちでは百済寺はほぼ全焼してしまいましたが、金剛輪寺や西明寺は僧達が機転を利かせて山門の辺りに火をかけ、すでに全山が燃えてしまったように見せかけたといわれます。信長の家臣も神仏に火をかけることは気が咎めたのかもしれません。確かめもせずに引き上げたので、本堂や塔が無事残ったということです。
  • 三山はいずれもこんにゃくが名産となっています。近くの食堂ではこんにゃく定食などを味わうことができます。個人的には金剛輪寺の門前横の屋台で売られているみそ田楽がお薦めです。
  • 西明寺は参道の階段を一気に上って本堂まで行くよりも、途中左にある名勝庭園(蓬莱庭)を抜けて本堂近くに出るルートをお薦めします。(登りが緩やかになるためと庭園を味わいながらゆっくり上がる方が体にやさしいので)
  • 金剛輪寺は普通黒門前の駐車場から石段を上がって本堂まで行かなければならないのですが、あらかじめお寺に連絡しておくと、バスの場合は本堂下まで行くことができます。停め置きはできないので、その黒門前の駐車場に回送となりますが、参拝者はわずかな石段を登るだけで本堂にお参りすることができます。帰りはもちろんそのまま石段を下りて駐車場まで。
    この道は許可車のみとなりますので、一般乗用車は通ることができません。

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コメント

  1. kabocha より:

    こんにちは!コメントありがとうございます。

    興味を持ってもらえて嬉しいです。
    コース、増やせたらいいな・・・・(汗)
    頑張ります(笑)

  2. ヒロニャン より:

    わぁ!凄いもの発見!ただ高速走っていただけで、いつもここはどういうところ何だろう?と、思っていたのが解決しました!しかも分かりやすく感激です!
    大阪編作っていただけたらうれしいな(^人^)