名神高速道路概略

今回より沿線案内シリーズ「名神高速道路」の旅を紹介します。
このサイトは基本的に関西から車でいける旅を紹介していますので、西宮ICから小牧IC方面に向かって車で進むことを前提に観光案内をします。

文章中に右や左という表現を使いますが、これは基本的に小牧IC(東)に向かって進んでいる状態での表現となります。

まずはシリーズの最初に名神高速道路の概略をご紹介します。

名神高速道路について

高速道路建設の計画は戦前からありましたが、地理的条件や経済的技術的問題から当時は実施不可能でした。

戦後、高速道路の必要性が高まり、昭和31(1956)年に日本道路公団が設立されました。日本道路公団は、まず最初に名古屋と神戸の大都市を結ぶ名神高速道路の建設に着手し、昭和38(1963)年7月16日、日本で初めての高速道路として滋賀県栗東ICと兵庫県尼崎ICの間、71.1キロが開通したのです。以後、年毎に区間が伸びて、昭和40年(1965)7月1日に名神高速道路は全線開通となりました。

名神高速道路は愛知県小牧市の小牧ICから兵庫県西宮市の西宮ICまで、延長189.7キロ、総工費1194億円という当時としては巨額のお金を投じて完成されました。その後、昭和44年に東京と名古屋間に東名高速道路が開通し、関東と関西が高速道路で結ばれたのです。

名神という名前は、起点である愛知県の県庁所在地と終点である兵庫県の県庁所在地の名古屋市と神戸市の一文字づつを取って名神と名付けられました。

名神高速の開通時のエピソードは色々ありますが、いくつか紹介すると

☆開通当初は高速道路そのものが観光名所だったため、路肩に駐車して記念写真を撮ったり、お弁当を広げるという光景まで見られたという。

☆当時の車の性能が連続高速走行に耐えられず、オーバーヒートする車が続出した。

☆開通当初、「ハイウェイをドライヴしよう」と女性の口説き文句に使われたため、道路公団は、「知らない人から名神ドライヴに誘われてもきっぱり断ろう」と新聞に女性向けの警告文を載せたことがあった。

☆開通当初、ほとんど車が走っていなかったので、免許取立ての人や仮免許の人がよく練習していたという。

☆走行車が少ないのを良いことに、国産車のメーカーが車の性能を調べる高速走行実験を行ったという。

他にも車を持っている人自体が今のように多くなかったので、一般家庭では親子連れで名神高速の上の歩道橋などで高速の様子を珍しそうに眺めている、というような光景も多く見られたらしいです。「すごいねー。100キロで走れるんだよ」なんて会話がされていたといいます。

いまとなっては欠陥だらけの高速道路といわれる名神ですが、それも日本初の高速道路ということで、前例がなかったのだから仕方がないのかもしれませんね。

次回、西宮ICより観光案内します。

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