三井寺

名神高速道路からは見えませんが、比較的高速道路からも近く名刹として知られるお寺の三井寺を紹介します。

滋賀県大津市園城寺町246

三井寺は、滋賀県大津市にある天台宗のお寺で、正式には長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)といいます。

三井寺は、大化の改新後、大友皇子の子、大友与多王が父の菩提を弔うために、創建されました。のち、貞観年間(859~877)に比叡山延暦寺の5 代天台座主・智証大師円珍により中興されました。

この円珍の死後、比叡山延暦寺の僧の間で派閥争いが激化します。これは慈覚大師円仁門流の僧と円珍門流の僧の間で起こったもので、結局円珍門下の僧が、一斉に山を下り、三井寺に入ることになったのです。こうして天台宗は延暦寺の山門派と三井寺の寺門派に分かれ、以来長期に及ぶ両者の争いが繰り広げられることになったのでした。

園城寺が一般に三井寺といわれるのは、このお寺に湧く霊泉が、天智、天武、持統の三天皇の産湯に使われ、御井の寺と呼ばれていたのを、のち智証大師円珍が三部潅頂の儀に用いたため、三井になったと言われます。この霊泉は現在も金堂西側の閼伽井屋に湧き出てきます。

三井寺には、重要文化財の大門(仁王門)、国宝の金堂、新羅善神堂をはじめ、多くの国宝、重文クラスの素晴らしい建造物があり、また観音堂は、西国霊場14番の札所として知られます。

しかし、なんといってもこの三井寺で有名なのは、2つの鐘です。
1つは、近江八景「三井の晩鐘」で有名な梵鐘。もう1つは「弁慶の引き摺り鐘」です。

まず、三井寺の梵鐘ですが、これは「日本三銘(名)鐘」のひとつとされ、「姿(形)」の平等院、「音」の三井寺、「銘」の神護寺と言われてきました。
三井寺の鐘の音色は本当に素晴らしいです。特に夕暮れ時に、この鐘の音色を聞くと、なんともいえない心に響くような気がします。
この梵鐘は有料ではありますが、誰でも撞くことができます。(300円)ただし、梵鐘が大きいせいもあって、女性だと一人で撞くのは、かなり難しいです。

もうひとつの「弁慶の引き摺り鐘」には、伝説が伝わります。
昔、三上山(近江富士)のムカデ退治をした俵藤太秀郷(藤原秀郷)が、お礼に龍神からもらった宝のひとつで、これを三井寺に寄進しました。
そののち延暦寺と三井寺が争っていた頃、比叡山で修行中の弁慶が、この三井寺の鐘を奪い、引き摺って山に持って行ってしまいました。そして、高名な音色を聞かせてみろとばかりに撞き鳴らしたのですが、「イノー、イノー」と響くばかりでした。弁慶は怒って帰りたけりゃ帰れと、鐘を谷底に突き落としてしまったのです。それからしばらくして、この鐘は三井寺に戻ったのですが、残念ながら破れ鐘となっており、音を響かせることはなくなってしまいました。

この鐘には、本当に引き摺ったような跡があり、ヒビが入っています。実際に擦り切れたような鐘のイボイボを見ると、弁慶が引き摺ったというのは伝説としても、どうしてこんな風になっちゃったんだろうと不思議に思います。

みどころいっぱいの三井寺ですが、ここのお寺の塔頭のひとつ、法明院にフェノロサの墓があります。フェノロサといえば、明治時代のお雇い外国人のひとりで、日本美術界に貢献した人物ですが、彼自身の遺言で、この地に葬られているのです。
ただし、法明院は三井寺の駐車場から歩いていくというわけにはいきません。三井寺の中心から一山越したところになるので、残念ながらツアーの途中で行くというようなわけにはいかず、私もまだ彼のお墓にお目にかかったことはありません。

滋賀県の桜の名所でもあり、秋の紅葉も美しい三井寺へ、ぜひ一度足を運んでください。

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