肉食のための隠語

2月に入り、寒さはまだ和らぎそうになく、休みの日にはこたつから出られないかぼちゃです。
冬は鍋料理に舌鼓を打つ人が多いようですが、皆さんもやはりそうでしょうか?
1月31日防府市で行われた鍋-1グランプリでは「ミルク鍋」が3年連続優勝したそうです。
特に最近は鍋の種類もバラエティに富んで、毎日鍋でも飽きない感じがしますね。
でもどちらかというと私は鍋そのものより、最後の雑炊の方が好きなんですが・・・。
冬の鍋の代表に(鍋そのものが冬かもしれませんが・・・)、ボタン鍋というのがあります。とはいっても、現代これを食べたことのある人の方が少ないでしょうが。
ボタン(牡丹)とは猪肉のことです。つまり猪肉を使った鍋のことをボタン鍋というわけです。ではなぜ猪の肉をボタンというのでしょうか?
仏教が伝来して以来、日本では殺生を禁じる風習となり、奈良時代には肉食禁止の詔が出されました。特にウシ・ウマ・イヌ・ニワトリ・サルの五畜の肉食を禁じると明言されたようです。
しかし当時から江戸時代まで、日本人が全く肉を食べなかったかといえば、そうではありません。
戦いに出れば、野生の動物を捕らえてその肉を食べたでしょうし、飢饉の時にはニワトリなどの家畜も食べたでしょう。
そう言った表向き禁止されている肉食をするために、動物の肉に植物の名前を付け、「薬食い」だと言って誤魔化したのです。つまり隠語を使っていたというわけです。
猪の肉が牡丹のように赤いからとか、肉を牡丹の花のように盛りつけるからといった由来から、猪肉はボタンと呼ばれるようになったといいます。
同様に馬肉は「サクラ(桜)」、鹿肉は「モミジ(紅葉)」といった隠語があります。
では鶏肉はどうでしょう?ニワトリの肉の隠語をご存じですか?
馬や鹿の隠語を知っていても、「ニワトリは?」と質問すると答えられない人が多いのですが、西日本の人なら今も普通に使っている人が多い言葉です。
答えは「カシワ(柏)」です。
最近は鶏肉をカシワという呼び方をすることも少なくなってきているようですが、東日本では元々この呼び方はしないそうです。(今日まで知りませんでした)
動物の中でもニワトリ以外の鳥に関しては、けっこう普通に食べていたようで、キジとかカモなど隠語は無いようです。事実上4本足の動物が肉食禁止の対象だったということでしょう。
このためウサギは鳥だと言って食べていたようです。そのせいでウサギの数え方は一羽、二羽と数えるようになったのだという説があります。
江戸時代まで牛や豚を食べる習慣が日本人にはなかったので、牛、豚には隠語はありません。
猪は作物を荒らすので、捕獲した際に食べることが多かったのかもしれませんし、鹿やうさぎも野戦中に山で食べる事が多かったのではないかと思います。馬は武士にとって貴重な動物ですが、一部の地域では薬膳としての価値が高かったようです。
地元兵庫県では、丹波篠山の名物が牡丹鍋がです。
何年か前に篠山のお客様と一泊旅行に行った帰り、地元の篠山に戻ってから近くの料亭で牡丹鍋の夕食タイムというのがありました。
大阪のバスガイドとして育った私には、帰り間際に夕食を施設で食べるという習慣は考えられませんでしたが、意外とそういう習慣の地域は多いんですよね。旅行からの帰りの到着時間が遅いのが当たり前の地域では、夕食もコースに入っているのが当たり前のようです。このため募集ツアーでも夕食にお弁当をオプションでつけるのが普通になっています。
大阪人は元々帰りは早く帰りたがるので(名古屋周辺もたぶんそうですよね?)、夕食の設定なんてまずありえませんでしたから、到着寸前でご飯タイムなんて「げげげのげ~ヽ(`д´)ノ」です。早く帰りたい私は心の中で、「飯は家で食え~!こっちは早く帰りたいんじゃ~!」を連発です(汗)。(ごめんなさい)
帰着時間が22時くらいの設定が普通のような地域の方々だと、途中で食べるのも仕方ないのですが、地元に戻ってあと5分で到着くらいの場所でご飯タイムなんて、乗務員にとっては生殺しのようなもんです・・・。
これが香川県人だと夕食は99%うどんです。うどんは食べるのが早いからいいんですが、鍋って・・・あんた・・・「鍋ごと飲み込め~、ビールなんか飲むな~!」となります。

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コメント

  1. より:

    はじめまして。

    動物によって人間との係わり方が違いますものね。
    やっぱり犬や猿が食べられることがなかったのはわかる気がします。

    でも鯨となるとさすがに今も外国人の考え方との大きな隔たりを感じますね。

    貴重なコメントをありがとうございました。

  2. T.K より:

    詔で肉食が禁止されたのは農繁期だけで、収穫後から田植えまでの期間は禁止されていません。当時は農家と猟師を兼ねていた家が多かったのでこのような詔になったのでしょう。
    また、親鸞が開いた浄土真宗では狩猟を禁止しておらず、五代の蓮如の時代には生活の一部としての狩猟は推奨されていたほどです。
    最近では野生動植物や家畜や野菜と人間との係わりを動物学や生物学や植物学の観点から研究する動物考古学という分野があり、魏志倭人伝成立以前の日本の遺跡から出た骨が家畜化されたニシアジアブタの骨であったことや薩摩藩江戸屋敷で養豚が行われていたことが確認されています。
    それとよく食べられていた四足の獣で隠語がない野生動物の代表格はアナグマ(むじな・狸と間違えられていることが多い)とウサギでしょうね。