三上山(近江富士)

滋賀県の郷土富士三上山を紹介します。

名神高速上り線では栗東IC手前当たりから前方に見え始めますが、栗東ICを過ぎて野洲川を渡る際に、前方左前に一番近く綺麗に眺めることができます。
三上山はまたの名を近江富士といい、高さ428mの姿形の美しい山です。

滋賀県提供

この山は昔より俵藤太秀郷の百足退治の伝説で有名です。
その昔、瀬田の唐橋の下に住む竜神は毎夜現れる三上山の百足にさんざん悩まされていましたので、誰かに退治してもらおうと大蛇に化けて橋の上に横たわっていました。
そこへ折良く通りかかったのが、大和の国田原の生まれで、強弓の名手として知られていた藤原秀郷でした。

大蛇を恐れもせず平然と跨いで通り過ぎてゆく剛胆さに、大蛇は人間に姿を変え、「私は湖に住む竜神ですが、三上山に住む百足に襲われて困っています。あなたは大変勇気のある方です。その勇気におすがりしたい。」と助けを求められました。

快く承知した秀郷は、夜の更けるのを待ちました。夜も深々と更ける頃、雷鳴をとどろかせて、怪物は三上山より這い出てきました。ここぞとばかりに愛用五人張りの弓に第一矢をつがえ、らんらんと光る目の間を狙って放ちましたが、空しくはね返されてしまいました。

「たしか百足はツバに弱いと聞く」と第二の矢の先にツバをつけ、同じ所を狙って放つと、してやったり。矢は尾羽の先まで深々と突き刺さり、さしもの怪物も地響きたてて倒れ伏し、そのまま息絶えたのです。

この大百足は三上山を七巻き半する大きさだったと言いますが、少々オーバーなようで、実は人間の頭にする手ぬぐいの向こう鉢巻より半巻きたらなかったもので、手ぬぐいよりは少し小さめの百足だったとか・・・。

これが三上山の伝説ですが、続きがありまして、藤原秀郷はこの時竜神からお礼に10の宝物をもらいました。ひとつは米俵で、この俵は使ってもお米の減らない米俵でした。ここから俵の藤太と呼ばれるようになったそうです。

また別の宝物に釣り鐘(梵鐘)がありました。彼はこの釣り鐘を三井寺に寄進しました。これが弁慶によって比叡山に持ち去られ、更に山から突き落とされた「弁慶の引き摺り鐘」ということになるのでしょう。(参考⇒三井寺のページ)

三上山は高い山ではありませんが、琵琶湖の対岸からもその姿で確認することができ、関西一円に知られた山です。

滋賀県提供

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