瀬田川

名神高速道路大津ICを過ぎて東へしばらく走ると下り坂になります。この坂を下りきったところで瀬田川を渡ります。

瀬田川は琵琶湖より流れ出る天然の川で、下流は宇治川となり、桂川、木津川と合流して淀川となり、大阪湾に注ぎます。

瀬田の唐橋

左(北側)には、見えませんが東海道新幹線の高架があり、その向こうに瀬田の唐橋がかかっています。
古来、琵琶湖から注ぎ出る川は瀬田川しかなく、東から京都へ向かうには瀬田川か琵琶湖を渡るしかありませんでした。瀬田川にかかる唯一の橋であった瀬田の唐橋は京都防衛上の重要地であったことから、「唐橋を制する者は天下を制す」と言われ、数々の戦乱の舞台となりました。

宇治市の宇治橋、山口県岩国市の錦帯橋とともに日本三名橋の1つに数えられています。(三名橋に関しては、地域によって他説がたくさんありますので気にしないでください)
現在の橋は昭和54年に建設されたものです。「瀬田の唐橋 からかね擬宝珠」と言われた、34本の擬宝珠を用いて、中国風の唐橋を真似て造られました。擬宝珠は過去歴代のものが使われています。

南郷洗堰

琵琶湖に流れ込む川は、一級河川約120本ですが、これに対して外に流れ出す川は、この瀬田川一本だけです。このため昔は洪水が大変多かったのが、琵琶湖周辺でした。

琵琶湖の洪水を防ぐために瀬田川には昔から多くの工事がなされましたが、それによって瀬田川の流れが良くなると、今度は下流の淀川が洪水をおこしやすくなり、また雨が降らないと琵琶湖の水が少なくなって、逆に水不足になってしまいます。そこで造られたのが洗堰でした。

大雨で琵琶湖の水の量が多いときにはたくさんの水を流し、雨が少なく水の量が少なくなると無駄な水を流さない。琵琶湖の水の出口である瀬田川の流量をコントロールし、琵琶湖の水位と下流の水の量を調節しているのが洗堰です。

明治38年に完成した「南郷洗堰」は、その後昭和36年に新洗堰の瀬田川洗堰が完成したことによって役目を終えましたが、貴重な史跡としてその一部が当時のまま残されており、平成14年11月18日に土木学会から「土木遺産」として認定されました。

琵琶湖毎日マラソンでランナーは、この瀬田川洗堰の上を通って瀬田川を横断します。

その他

また瀬田川は、埼玉の戸田とともに漕艇のメッカとして知られています。
琵琶湖から瀬田川に名を変える辺り、見た目はまだまだ湖のように見えるところですが、両岸に各種団体のボート小屋があり、いつもたくさんの船が練習に出ています。

この名神高速道路から右手下流に少しのところに石山寺があります。一体は近江八景・石山の秋月でお馴染みの月の名所として知られます。

瀬田川リバークルーズ

瀬田川周辺には、近畿の命の水を支える「南郷洗堰」や「瀬田の唐橋」、「石山寺」をはじめ、千二百年以上もの時を刻むお寺や神社などがあります。あの広重が描いた「近江八景」のなかの「瀬田の夕照」や「石山の秋月」の舞台を、昔懐かしい外輪汽船「一番丸」でクルージングすることができます。

1日3~4本、約1時間のクルーズです。詳細は瀬田川リバークルーズのサイトをご覧ください。

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