草津市

名神高速道路瀬田東ICを過ぎると間もなく草津市に入ります。

群馬県の草津温泉のある地名草津とよく間違われるのですが、草津市は大津市に次ぐ滋賀県第2の町で、人口約12万6000人です。

江戸時代には東海道と中山道が接する宿場町・草津宿として栄え、また近年はJR東海道本線・草津線、国道1号・国道8号・名神高速道路・新名神高速道路など日本を東西に結ぶ交通網の中心地となっています。

残念ながら昔の宿場の面影はほとんど残っておりませんが、唯一草津宿本陣が江戸時代の貴重な史跡として保存されています。

有名な草津温泉の草津は、ここのことではありませんが、実際に間違えて滋賀県に草津温泉を訪ねて来る人もいるとか(汗)。
そこで草津観光協会は、そうな可哀相な人に草津市にある草津温泉を紹介するとか。本場の草津温泉の湯ノ花を使っているそうですが、観光客向けではなく、銭湯に少々毛が生えた程度なので、あしからず。

草津宿

草津宿は、東海道と中山道が分岐・合流する交通の要衝で追分の宿として栄えました。東海道五十三次の江戸から52番目の宿場で、京都からは大津に続く2番目の宿場でありました。天保14年(1843)の記録によれば、草津 宿には二軒の本陣、二軒の脇本陣、七十二軒の旅籠のほか、問屋場、貫目改所などの多くの建物が設けられ、多くの旅人で賑わっていたとあります。

草津宿追分(滋賀県提供)

草津宿本陣

本陣とは大名や公家専用の高級ホテルのようなもので、一般の旅人が泊まる旅籠とは完全に区別されたものでした。
例えて言うと、水戸の黄門様が越後の縮緬問屋の光右衛門として泊まるのは旅籠ですが、水戸光圀として泊まるならば本陣というわけです。
通常本陣は、広大な屋敷地と格式高い建物からなり、各宿場で最も重要な施設でした。

草津宿の本陣の一つであった田中七左衛門本陣は、当時の姿を貴重な資料として、昭和24年(1949)に史跡草津宿本陣の名前で国の史跡に指定され、宿場町草津のシンボルとなっています。
この本陣には元禄時代からの大福帳(宿帳)が残っており、「大福帳」には、浅野内匠頭、吉良上野介、土方歳三など歴史上重要な人物の名前も数多く載っています。

草津宿本陣(滋賀県提供)

<余談>
ずいぶん昔、まだ新人ガイドの時代にこの草津宿本陣に伺いました。当時は一般公開はしておらず、特別に予約された場合にのみ見学可能という施設でした。それも確か日曜限定だったと思います。
ご当主は小学校の教師をされていらっしゃった女性で、ご本人自ら案内をしてくださいました。

大変強烈な印象が残っていまして、今でもよく覚えています。
「私の家は古くて国の史跡に指定されています。この史跡に指定されると、自分の思うように家を修復することもできません。この台所はかまどですが、自分に便利なようにシステムキッチンに変えたくても変えることができないのです。
また修繕が必要になっても勝手には出来ません。文化庁の許可を得ないと雨漏りも直せないのです。許可が下りたとしても史跡の場合は修繕費を誰も出してはくれません。国宝や重要文化財の指定なら、国や県が保存費用を出してくれますが、史跡にはどこからも補助金がでないのです・・・・・(続く)・・・・。公開してお金を取ればいいじゃないかという人がいますが、人を雇って受付に立ってもらい、その人の給料を払えるくらいの収入が見込める観光地ではありませんので、実際には簡単な話ではありません。」(お話そのものは記録として残していませんが、話の内容は大体こんな感じでした。)

史跡って大変なんだ~ということは、すごくよくわかったです(苦笑)。
今は法律も変わって多少でも補助金とか出るようになったのでしょうか・・・。わかりません。
ただ現在は7年間の大改修の末、一般公開されています。

草津名物 姥ヶ餅

滋賀県草津の名物は姥が餅です。今からおよそ400年の昔、近江の豪族佐々木氏が亡びた時、能登(乙など諸説あり)という乳母が幼君を連れて草津の矢倉という所に逃れ、生活のために街道を登り下りする旅人に餅を売っていました。
「東風吹くや 春萌え出でし 姥が里」
と、蕪村が詠んでおり、また
「訪ね来てみよ 草津の矢倉 娘育てた姥がいる」
とこの地方の子守歌にも唄われています。

このお餅は徳川家康が大阪凱旋の折り、宿場のはずれで売っていたこの餅を食べ、その味を讃えたのが宣伝効果となり、以来400年もの間、草津名物として人気を得て来たのです。

姥ヶ餅は伊勢の赤福餅を小さくしたようなあんころ餅で、上に小さな白い餡のかけらが乗っています。親指の先くらいの大きさで乳房のような姿をしたあんころ餅といえばよいでしょうか。

姥ヶ餅

かつては草津の町中でしか手に入りませんでしたが、最近は名神高速の草津パーキングエリアでも販売されています。
味は・・・20年前の思い出しかありませんので言及しません。ただ、小さいという印象が強いです。画像で見ると赤福くらいの大きさに見えるかも知れませんが。

姥ヶ餅について詳細な説明が載っているサイト、和菓子街道さんを見つけました。かなーり詳しくて、他にも色々な街道の名物和菓子に関する記述があります。

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