須磨区~垂水区にかけて

長田区を過ぎると須磨区に入ります。

鷹取工場跡地

若宮ランプの手前、見えませんが右側にJR鷹取駅があります。若宮ランプを過ぎた先に急カーブがありますが、そのカーブを過ぎたところでJRを横断するため、少し離れてはいますが右手に駅が見えます。(急カーブですので、運転中のよそ見はダメです)

鷹取駅の北側には2000年までJR鷹取工場がありました。
前身は明治7年(1874)につくられた工部省鉄道寮神戸工場で、明治8年には国産第一号の客車が製造されました。これはイギリスから輸入した走行部分に国産の木材の車体を載せて造られたものであったそうです。
明治26年(1893)に日本発の国産蒸気機関車が製造されたのも、この神戸工場でした。

現在のJR西日本がまだ国有化される前の山陽鉄道が明治33年(1900)に鷹取工場を設け、大正4年(1915)に神戸工場も鷹取工場に組織吸収されました。

新車の製造は民間に外注されるようになっても、点検や修理を専門に行い、山口線を走るSLまやぐち号をはじめ、京都梅小路蒸気機関車館に動態保存されているSLの定期検査もこの鷹取工場でした。
このように鷹取工場はD51型蒸気機関車も製造した名門工場でもあり、日本一の規模を誇っていましたが、1995年1月17日の阪神・淡路大震災で被災 し、工場や入場していた車両も被害を受けました。長い歴史を築いてきた屈指の名門工場ではありましたが、震災の痛手は余りにも大きく2000年に閉鎖され 100年あまりにおよぶ歴史に幕を閉じました。
現在工場跡地は駅前広場や学校、住宅、商業施設などに再開発されています。

また鷹取駅には貨物列車専用の神戸貨物ターミナル駅があります。

川崎重工兵庫工場で製造された各鉄道会社の新車車両は船を使って輸送される以外は和田岬線を経由して一旦この鷹取駅まで運ばれてくるので、周辺には鉄っちゃんが多いことでも知られています。

若宮カーブ

若宮ランプを過ぎると、阿波座カーブとともに阪神高速道路で最も事故が多いことで知られる若宮カーブがあります。かなり急なカーブのためスピードは極力落としてください。

須磨海浜水族館

若宮ランプを出てすぐ近くに、神戸市立須磨海浜水族園があります。1957年に開館した歴史ある水族館で約600種、約13000点が育成展示されています。神戸や大阪周辺の小学生の遠足にもよく利用されています。

月見山ランプ

若宮カーブを過ぎると、海から離れ上り坂になります。その先に下り線のみに設置されている月見山出口があり、この月見山ランプを境に、阪神高速道路から第二神明道路に入ります。

須磨離宮公園

月見山出口を過ぎたところで、両側に緑の丘が広がりますが、進行方向うに向かって左側が須磨離宮公園です。

西本願寺法主であった大谷光瑞氏の別邸を宮内省が買収 し、大正天皇の静養地として大正3年に作られた武庫離宮のあったところです。戦災で建物は全て焼けてしまったため残っていませんが庭園が復元され昭和42 年に神戸市に下賜されました。道路反対の左(東)側には植物園がありますが、ここは元岡崎財閥の邸宅があったところといわれています。(岡崎財閥は華麗な る一族の万俵家のモデルといわれています)
離宮や財閥の邸宅があったことでもわかるように、この辺りは今でも高級住宅地です。

県立こども病院

須磨離宮公園を過ぎると月見山トンネルをくぐります。トンネルを抜けると右上に県立こども病院が見えます。

兵庫県政100年事業の一環として昭和45年につくられた小児科専門病院ですが建物は新しくなりました。

ここに第二神明道路須磨料金所があります。

高倉山

須磨料金所を抜けてすぐ正面の山が高倉山で、中腹に掘られたトンネルに入っていきます。神戸沖に昭和56年に完成した人工島ポートアイランドの埋め立て用の土として利用され たのがこの高倉山です。削り取られた土は土砂運搬用としては当時世界一の空中ベルトコンベアーで須磨の海岸まで運ばれ、そこから船に積み替えて神戸沖まで 運ばれました。高倉山を削ってできた台地は高倉団地と呼ばれる住宅街に生まれ変わりました。

鉢伏山

阪神高速から第二神明道路にかけての辺りは海からすぐ背後が山になっています。その鉢伏山の北側を回り込むように第二神明道路は作られています。

鉢伏山は六甲山系の一番西に当たる山で、六甲全山縦走コースの基点でもあります。六甲山系の項でも紹介しましたが、大正から昭和にかけて活躍したアルピニストで新田次郎作の「孤高の人」のモデルになった加藤文太郎が地下足袋で歩いた、ここから宝塚に至る56キロのコースです。

鉢伏山へは、この先の垂水区塩屋から旗振山を経由する登山道を利用する方法と、須磨浦公園から須磨浦ロープウェイを利用して上がる方法があります。

須磨浦公園

鉢伏山の南側の海に面したところが須磨浦公園と呼ばれ、周辺は源平合戦一の谷の合戦の舞台になったところです。源義経が鵯越(ひよどりごえ)の逆(坂)落としという奇 襲戦法で平家を討った戦いです。この決戦の有名なシーンのひとつ熊谷次郎直実と平敦盛の哀話に伝えられる青葉の笛は近くの須磨寺に今も伝わります。(真偽 のほどはわかりません)

ジェームス山

高倉山トンネルを抜けた先、名谷ICの左側にジェームス山というところがあります。名前の通りイギリス人のジェームスさんが住宅地として開発したところです。山というよりは丘陵地といった地形で、この周辺は坂が多く北野の異人館と同じように外国人の方々が多く住んだところです。

現在も異人館が多くありますが(塩屋異人館とも呼ばれる)、でもこちらは一般的な観光名所ではなく、実際に今も人が住んでいる家がほとんどです。

名谷JCT

高倉山トンネルを出てからしばらく急な下り坂になります。名谷ICに併設された名谷JCTの案内板が見えてきます。徳島の文字が分岐の案内板です。明石海峡方面に向かう場合は、左車線を走行してください。

この名谷JCTは垂水JCTへの分岐点であり、ここで分岐すると、明石海峡大橋を経由して淡路島方面へ、反対に北の山陽自動車道へ、さらに第二神明道路北線を利用して姫路方面に向かうことができます。

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コメント

  1. kabocha より:

    遠足では、少しくらいクイズなどで遊ぶ程度で、特にバスガイドが何か特別なことをするわけではないですからねー。
    乗車しても車掌として乗務するだけの会社もありますし・・・。

    自分が学生の頃も、バスガイドさんが何かをしてくれた記憶はないです(汗)。
    「マイク回します~」くらいかな?
    だからいなくてもいいということになるんでしょうね。

  2. 三四郎 より:

    鷹取工場なんてあったんですね

    愛知は豊川の日本車輌で電車を作っていて知人が勤めているんで真っ先に思い浮かびますが、バスツアーに度々行くうちに仲良くなったおじさんがいるんですが、息子が鉄道好きが高じて鉄道会社に入ったらしいので私もバス会社に入ってドライバーをやってみたいななんて(笑)

    水族館もよさげですね

    遠足で思い出しましたが、今日は仕事をサボってバスツアーに行きまして(笑)PAで隣の観光バスに小学校の野外学習の生徒が乗っていたんですがバスガイドさんが乗ってないみたいでした

    バスガイドさんがいないと味気ない思い出に残らないバスの移動時間になってしまわないかと思ってしまいます