多賀大社

名神高速道路の多賀SAを過ぎると、右手奥にこんもりと広がる森があります。その中に多賀大社があります。

俗にお多賀さんと呼ばれ、ご祭神は天照大神の親神様、伊弉諾尊(イザナギノミコト)、伊弉冉尊(イザナミノミコト)で、延命長寿、海運、縁結びの神様として信仰されてきました。

奈良の都以来、伊勢神宮と多賀大社へは皇室からお使いが立たれたほどで、

お伊勢参らば お多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる
伊勢へ七度 熊野へ三度 お多賀さんへは月参り

と歌われています。

ご鎮座は遠く神代の昔といわれていますが、豊臣秀吉が母・大政所の病気全快を祈って多賀大社に一万石を寄進し、戦国の世に荒廃した社殿を新しく造営されました。しかし数度の火災にあって建て替えられ、只今の社殿は昭和8年5月に完成したものです。

多賀大社本殿 (滋賀県提供画像)

多賀の寿命石

この多賀大社の社殿のそばに「多賀の寿命石」という石があります。
鎌倉時代に奈良東大寺の大仏殿を再建し、大仏を復興された俊乗房重源はすっかり年を取り、完成の時まで命があるかと案じ、この多賀大社に延命祈願をしました。

お参りすること二十一日目の満願の日の朝、重源の前に一枚の柏の葉が舞い落ちました。その葉には一匹の虫がとまり、葉をむしばんでいきます。その虫食いの跡を透かしてみると、延長の延という字になりました。多賀の神様が寿命を延ばしてくださると喜んだ重源は早速奈良へ戻り、大仏殿の復興を成し遂げました。その後、彼は多賀大社に寿命を返し、かたわらの石を枕に極楽往生したといいます。
その石がこの寿命石だというわけです。

多賀杓子

お多賀さんのお土産に多賀杓子があります。この杓子でご飯を盛ると延命長寿の幸せを得ることができると古くから親しまれています。

この言い伝えは、養老の昔(717~724)元正天皇が重い病になられた時に、病気平癒を祈って多賀大社では境内のシデの木で飯杓子を作って祈願をこめ献上したところ、その杓子で食事をされた日から快方に向かったといい、このお話が元で多賀杓子が飛ぶように売れ名物となりました。他にも寿命餅、糸切餅といった名物があります。(糸切餅はけっこう有名です)

糸切餅 (滋賀県提供)

胡宮神社(このみやじんじゃ)

場所は少し戻りますが、多賀SAの手前すぐのところ高速道路沿いに鳥居が見えます。(上り線で右側) これは多賀大社の奥宮で胡宮神社といいます。この神社には平清盛が白河法皇の落胤という証の系図があり、またサツキの美しい庭園があるお社です。

胡宮神社の鳥居 (滋賀県提供画像)

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