東大寺 戒壇院

今年に入ってから、井上靖著の「天平の甍」を読みました。もう何年も前に購入しておきながら、ホコリかぶったままにしておいたものです。

主人公は遣唐使で、あの有名な鑑真を日本に連れ帰るお話です。

それほど興味をそそられる内容ではないので、いざ本を開くまでに時間がかかりました。(長すぎです)

でも意外にも途中で挫折せずに最後まで読み終えました。

天平(奈良)時代に海をわたって大陸に行くのが、どれほど大変だったかということと、鑑真さんよく来てくれましたということがわかります。

鑑真は日本の求めに応じて、戒律を伝えるためにやって来た唐僧です。

簡単にいうならば、僧侶になるためには、守らなければならない厳しい掟(戒律)があって、それを教え、僧になる許可を与える偉いお坊さんが必要だったのです。つまり授戒のことです。

当時日本では、「はい、私今日からお坊さんになりまーす!」と宣言して、誰でも僧侶になれる状態に近かったようです。僧は税を免除されたので、税を逃れるための堕落僧が多くいました。このため戒律の必要性が求められたのです。

そして苦労して日本にやってきた鑑真によって、天皇、皇后はじめ多くの人が授戒を受けました。鑑真は東大寺に住み、戒壇(受戒する場所)建設を一任されたのです。

そして常設の戒壇である、東大寺戒壇院が建立されました。

ここは東大寺の中でも大仏殿からすぐのところなのですが、それほど訪れる人が多いとはいえません。

東大寺は何度も火災に会っており、この戒壇院も3度まで被災しています。そのため、現在の建物は享保17年(1732)に再建されたものです。

しかしこの中に安置されている四天王は天平時代の傑作で、国宝に指定されています。ただし、鑑真の頃にここにあった像ではなく、前は中金堂にあったものが、ここに移されたのだそうです。

塑像の四天王像としては、たぶん日本最高峰でしょう。

広目天

持国天

増長天

多聞天

購入した絵葉書から画像を拝借しましたが、遠慮して小さめです(汗)。

戒壇院は拝観料が必要ですが、中に入れば「ど~ん!!」とこの4体を目にすることができます。が、写真は禁止なので・・・(文化財はどれもそうですが)。

この四天王像は魅せます。

私が絵葉書を買いたくなった仏像は、過去1回だけ。渡岸寺の十一面観音だけでした。とうとうこの四天王像で2回目になりました(汗)。

修学旅行などで、学生に仏像の話をしても、誰も興味を持ってくれません。

「薬師如来は手に薬壷を持っており、体の悪いところを治してくれます。」などと言っても、医者以上の治療をしてくれるとは誰も思いませんしね。

ところがこの四天王は、幾分かの興味をそそるのです。「四天王」という言葉にですね。漫画やゲームにも登場するカッコ良い4人組みたいなので、聞き覚えがあるからです。(そういえば、ものまね四天王ていうのもありましたね、古い?)

お堂の中で本尊の周りに立っていて、仏の世界を守っている四天王はカッコ良いのです。

※足で踏んづけているのは邪鬼です。

お堂の中で四天王の立ち位置は決まっています。

持国天が東を守護し、増長天は南、広目天は西、多聞天は北を守ります。本尊に向かって右手前の持国天から時計回りに「ジ・ゾウ・コウ・タ」と覚えます。

ちなみに多聞天は別名、毘沙門天でも知られます。多聞天だけソロ活動することがあるのですが、ソロの時の名前が毘沙門天です。

私個人はここの四天王像の中で特に気に入ったのが、広(廣)目天です。広目天とは、、特殊な力を持った眼」さらに千里眼と解釈されたそうですが、目がいいですねぇ。それと持ち物が筆と巻物です。これは奈良時代までの広目天の特徴で、これ以降には別の持ち物になっていることが多いのだそうです。知的な感じがしていいじゃないですかっ!!

東大寺は良い仏像が多いですね。でも大仏さまにはもう何年も会ってませんが(笑)。

※東大寺の中は奈良公園専門ガイドさんが案内するので、バスガイドは付いて行かないからです。

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コメント

  1. kabocha より:

    小さい画像ですみません。

    興福寺の阿修羅は有名ですね。私も並ぶのが嫌で、お堂の中の阿修羅は見なかったです。

    宝物館でならいつでも会えますよ。

  2. 三四郎 より:

    去年、東大寺にある滅多にみられない阿修羅像だったかが公開されたのを見に行きたかったですが、行けなかったです

    いいもの見せてもらいました