京都競馬場と淀城跡

天王山トンネルを出てまだ間もない頃に、右手高速すぐそばに工場群があります。その中で少しラグビーボールに似た形のタンクが2つ並んでいるところがあるのですが、そのタンクをすぎてすぐに右手奥を見ると、京都競馬場が確認できます。(離れているので、やや遠くを見ます)

春の天皇賞や秋の菊花賞などでお馴染みの京都競馬場は、その地名から通称、淀競馬場と呼ばれます。日本中央競馬会の競馬場で、1925年に開場しました。

朝には一攫千金を夢見て競馬場へ向かった人も、帰りには朝の元気はどこへやら、まるで青菜に塩とでもいうように、しょんぼりと帰られる姿も多いようです。

また競馬場の近くに淀城跡があります。
豊臣秀吉の側室、茶々が住んだお城で、秀吉の方針に従って、城は小規模でしたが、美しいお城に造られたそうです。山城平野の平地城で、淀川の水を利用したものでした。

豊臣家滅亡の後、稲葉家10万2000石の居城となりました。
現在の城跡は、秀吉時代の淀城とは場所が違い、江戸時代に入ってから江戸幕府が松平定綱に命じて新たに築かせたものです。

その城跡も長い間荒廃していました。
かつては旧国道1号線(旧京阪国道)を通っていると、そばに見えましたが、淀城跡と刻まれた石碑が倒れており、誰も訪れる人がいないような寂しい城跡でしたが、現在は整備が進んでいるようです。

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